県立図書館の由来
今、長崎県議会は議会開会中で県立図書館は「来年度中に着手」と教育長は積極的な発言をいたしております。しかし問題は長崎市と大村市の誘致合戦になっている為に逆にこの決定を行政にだけ委ねるのは如何なものかと思う。
県立図書館の玄関入口の所にある長崎図書館の由来を読むと正に戦後の混乱期の中で内外の方々の援助で完成された図書館で、その意味合いからしても政治家の志のある質の高い決定が求められるものであり綱引きで決めさせられては長崎県の文化の質を逆に問われるのではないかと危惧しています。由来を紹介いたします。
長崎図書館の由来
県立長崎図書館は、明治45年6月当時の長崎文庫長崎県回覧文庫 荒川文庫等を統合して長崎市新橋町1番地に創設された。
その後大正4年 大正天皇のご即位記念事業として市内上西山町にあった交親館(迎賓館として明治14年に建てられたもの)を増改築してここに移転、今日の基礎が作られた。
 しかるに長崎市は昭和20年8月9日、世界第二番目の原爆により史上比類のない大惨禍を蒙った。
 長崎県民は、この深刻な体験から悲劇を三度繰り返さぬよう希求して、その復興の基本的構想として国際文化の向上と恒久平和の理想を象徴する「国際文化センター」の建設を計画。180万県民の総力を結集して、広く内外の援助と協力を得て実現に当ることとなり、昭和30年8月「長崎国際文化センター建設委員会」が設置された。
 国際文化センターは、図書館、公会堂、美術館博物館、水族館、体育館、水泳プール等の建設を対象としており図書館はその中心的存在である。
 本図書館は既に老朽狭隘となっていた旧県立図書館を解体してその跡に県と委員会が協力して建設することになり、
 鉄骨鉄筋コンクリート造り三階建、延面積3,600平方メートル
 着工 昭和34年7月   竣工 昭和35年5月、
 総工費 1億1千万円
 内訳 県費 5,500万円 募金5,500万円
を要して完成したものである。
 この募金は県内はもとより県外、国外の各方面の数多くの法人、団体、個人等から寄せられた浄財であり、特にアジア財団のロバート・B・ホール博士よりのマイクロ写真機材一式及び外国図書等があり、このほか世界各国青年会議所より多数の書籍が寄贈されている。
この図書館の完成によって、長崎県民の文化の向上を促進するとともに、
長崎国際文化センター建設の理想顕現に貢献することを確信し、本図書館の建設に格別の援助と協力を賜った各位に対し、ここにこの功をたたえ、敬意と感謝の意を表すものである。
竣工 昭和35年5月31日
長崎県知事 佐藤 勝也
原発への想い
私は被爆者です。小学2年生の時でした。
今、日本というより世界の話題になっている原発です。
人間の英知(叡智)は、必ず原子力の平和利用が出来る環境を科学の力で安全な原発を人類に提供できると信じております。
広島や長崎での原爆の被害地と福島での被害地が同じ状況下にあるとは考えにくいし、最近の動きは福島のほうが広島や長崎よりも原発の被害が原爆以上のようにとらえられていることに政府をはじめ、専門家のみなさんは、原爆と原発の違いについて責任ある説明をするべきではないでしょうか。
それこそ世界に向けて日本の科学への信頼を取り戻すべきだと思います。
原発に変わるエネルギーの開発を叫ぶ前に世界で原発を持っている各国の国民に対し、安心安全であることのメッセージを出すための叡智を科学者を総動員して取り組むべきでありましょう。
そして各国ばらばらの原発に対する取組みを国連の中に世界のエネルギーとしての確たる位置づけをする為の機関を設置し、地球規模の検討時期に来ているのでは、それも福島の原発事故を自然を介して世界のみなさんに教えたのではないでしょうか。
福島が日本であるだけに日本が先頭に立って原子力の平和利用について行動してはどうでしょうか。
『怒りなさい!』
このタイトルの本がフランスで約60人に一人、6,000万人の内100万人が読んでいるそうです。
著者がなんと93歳の方でフランスのレジスタンスに加わって活動し、戦後は国連フランス大使を務めた方だそうですが、日本語で翻訳されたら読んでみたい本で楽しみにしています。記者の言葉からすると「若者たちよ、周りを見なさい。そこには君たちが怒らなければならないテーマがある。最悪の態度は無関心だ」そして結びは「創造、それは、抵抗すること、抵抗、それは創造すること」とあるそうですが、93歳の方が世界の若者たちに「怒りなさい」と活をいれていることに、第二次大戦後に生きてそれぞれの国を支え、建国した世代の強い想いを代弁しているような気がします。
振り返って、長崎の若者たち、長崎に初めて赴任してきたある日刊紙の支局長が長崎の若手経営者は元気がないと言った記事を読みましたが、県都長崎市の街づくりにとって大きな変化をもたらす「県庁舎移転」についても若手集団からも何の意見も出ていないし、具体的行動もないのは何故なのだろうか、不思議でなりません。街が変り衰退するかもしれない現実を直視してみて、行政・政治が進めようとしていることにお互いのグループで勉強し、その結果に対しての賛否の前に、自らがこれからそこに住み、子供を育て、生きていく場所であるのに、これまでにない変化をただ黙って見ていていいのか、と考えさせられます。
93歳のこの人の声を、長崎の青年たちはどんな形で受け止めてくれるのだろうか。けっして今からでも遅くないし、元気をだして郷土長崎のために「怒りなさい!」と、福山雅治さんの「坂本竜馬」の声も聞こえて来そうです。
歌の語り部―音痴でも頑張っていますー
私が人様の前で歌を歌うなど、とても考えられませんでした。まず、私自身音痴であることを自覚しており、家族全員、君が代しか大きな声で歌うことのないと思いこんでいましたから、8月9日の平和記念式典の中でのコーラスひまわりの合唱は私の緊張は勿論ですがテレビの前の家内も、平和公園の会場に居た娘の驚きも想像できます。その音痴の私がなぜひまわりの一員なのかですが、友人の前会長の榎さんのお誘いもありましたが、私たちが歌った,歌詩、作曲をされたのが長崎っ子の寺井一通先生です。この一人の人間の平和への強い思い、その強さ、信念、被爆地浦上で育った人間の使命感ともいえる言葉のひとつ、ひとつに言霊を感じて寺井先生に魅かれたから、音痴の恥を忍んで参加しているのです。  
戦後65年、第二次大戦で世界中の人が一度は戦争そのものを否定し我が国の憲法も戦争放棄を謳ってはいますが、世界の動向は思うようにはいきません。お隣の中国は嫌というほど戦争の被害を被ったというわりには核兵器を持ち、核兵器保有国となり、65年前の状況を踏まえれば、中国の憲法に戦争放棄を謳って欲しかったのに残念です。米、英、仏、ロシアと同じように核兵器を持ってしまい、中国にして、いかに現実の社会が難しいかを教えられたようです。
私は、長崎港に友好国の軍艦が入港すると歓迎に行きます。アメリカの軍艦でもです。65年前原爆を広島、長崎に落とした世代の孫の世代の青年達が水兵として乗船しております。
いつまでも、被害者意識を押しつけるよりもこの青年達とスポーツに文化にそして平和についても語り、こうした場で、寺井先生の言霊を語り、核なき世界へ、もう二度と、の歌を大合唱出来ればと秘かな夢を持っております。これからも核兵器の無い社会が実現するまで寺井先生とひまわりのみなさんと歌い続けていきたいと思っております。
 新しい年皆様にとりまして、幸せいっぱいの年でありますように、そしてひまわりにとりましても更なる飛躍の年になりますように心よりお祈りいたします。
「この文書は被爆者歌う会「ひまわり」の機関誌第1号12月21日発行に寄稿したもの」
「がんばろう日本」
私たちに、今、できること、それはこの大会を精いっぱい元気を出して戦うことです。
「がんばろう日本」生かされている命に感謝し、全身全霊で生々堂々とプレーすることを誓います。
この言葉は、16年前の阪神淡路大震災の年に生まれた、いま行われている選抜大会の甲子園球児の選手宣誓です。
4月1日より始まる統一選挙にパフォーマンスなのか、時間を短縮して、誰に対して選挙の自粛をされようとしているのか、この高校生のように堂々と自分の政策を国民に訴えて、選挙の終わった後に、被害にあってない、県や地方都市ががんばって、被害地区を支援する為に行動すればいいことなのに、宣伝車の油代がいるから自粛する、それなら県議選なら公費で賄う1800枚のポスター、8000枚のハガキ市長選挙、市議選挙も同類です。これを全部無くすならまだいいとしても、姑息に自粛、自粛といって被害地のみなさんが、それを期待しているのでしょうか、亡くなった方々がそれを望んでいるのでしょうか。
 政治家のみなさん、この高校生の選手宣誓そのものです。
堂々と選挙をやるべきです。法律で決められたすべての条件を全部使って全身全霊で選挙することを宣誓すべきです。政策を訴えて元気を出す政治家を国民は求めているのではないでしょうか。
今回の大震災は、福島県の原発の事故については、アメリカ、ロシア、イギリス、中国等自国民の安全のためには心配し守って飛行機を用意して自国への避難を促していました。地球市民はどこにもいませんでした。日本人が戦後の65年を反省することを啓示してくれたのかとも思います。そこには、個人も一地方もなくあるのは国家であり県、市町村であり公共の社会があって、それがそれぞれに深い絆で結ばれていることが分かりました。だから、自衛隊も警察も消防もまた、県や各市町村の職員も助け合い一般国民が日本人の絆から募金を出し、日常品を提出し助けあっているのではないでしょうか。勿論、世界各国、地域の130以上が日本に対して多くの支援をしてくれていることには感謝です。
しかしこの未曽有の災害は、個人ではなく小さな家族からはじまり自治会があり、各市町村が国との連携の大切さを教えてくれたものと思い、亡くなった方々の為にも、被災地で元気にその復興に努力している方々と心を一つにして日本人の心の団結の強さを示さなければならないと思います。そのスタートが時を同じくして始まる統一選挙であり、各候補者の真の勇気ある行動に期待したい一高校生の選手宣誓の魂を受け継いで欲しい。
各候補者よ「がんばろう日本」です。
これは、何も政治の社会だけでなく、芸能、文化、音楽、地域の祭りも同じです。
みんなで、「がんばろう日本」でがんばりましょうよ。
県庁舎移転新築にマッタ!!
統一選挙後県議会の動きは議長選を頂点に大きく動きはじめた。
同時にこの統一選の最大の課題として県議の娘ますみはこの県庁舎移転新築に一貫して反対してきておりました。しかし、ここにきて県庁舎移転新築については推進派の自民党および民主党を中心とする改革21のみなさんが東日本大地震をうけてこれまで反対してきた新生ながさき「旧創爽会」と連立会派を組み、県政運営に関する合意書の中で県政推進の基本的考え方として多額の公共投資を必要とする県庁舎移転新築については白紙から再考することとして賛成、反対双方の有識者の意見を徴するとしており東日本大震災で国難をむかえた日本にとって、今、県庁舎移転新築は出来ないと判断された改革21や自民党の皆さんに多くの県民は拍手喝采をするでしょう。それは、これまで長崎県は原爆の被害、諫早大水害、雲仙普賢岳大災害、7,23長崎大水害とこの65年の間に多くの国民をはじめ諸外国の方々にご支援をいただきお世話になったことか、長崎県民が心を一つにして東日本の復興を祈りその為の物資両面の支援をすることこそ、これまでの御恩に報いることで、毎日のテレビ報道で見る被災地は、あまりにもひどい状況で被害を受けていないから長崎県は何でもありでいいのか、そこに、県庁舎移転新築にマッタをかけた県議会の三会派の勇気ある行動に県議会の良識を見ることが出来、今後に期待すること大である。
たぶんこれで中村知事も、3、11日大地震の後すぐに御用学者とおもわれる学者の意見を聞いて海抜0mの埋立地を安全宣言して、県庁舎を移転新築すると云ったことに対しては大阪府の橋下知事のように堂々と改めても何ら恥ずかしくなく、中村知事の英断に期待したい。これは、東日本の大震災が前金子知事との決別の為、神の啓示ともいえるのではないでしょうか。三会派のますますの連携強化により新生長崎として、中村丸が無事安全航海されますように祈念いたします。あわせて、県政活性化のため、自民党と分派して新しく会派を作った県議のみなさんも、何故、分派したのか、目的はなんだったのか、行動をとうして県民に説明する責任がありましょう。それはあくまでも私憤ではなく、大義があっての行動であり、保守再生の為の起爆剤になりえるのかどうかこれまた期待するとこ大である。
長崎新幹線これでいいのか
4月29日の西日本新聞一面のフリゲージトレインはスーパー特急より遅く長崎ルート国交省再計算時短効果なしの大きな見出しは、長崎県民に取って大変な驚きだったのではと思われます。県はこれまでフリゲージトレインは乗換え不要で時短効果が大きいと説明してきたが、その主張が崩れたフリゲージトレイン開発への疑問が高まりそうだと一面に新聞は取り上げていました。
同じ新幹線でも九州の縦の鹿児島新幹線、横の長崎新幹線は大きな違いがあり、それは在来線を走る長崎ルートが、かたやフル規格で走る鹿児島新幹線で、長崎新幹線は在来線を走るあいだは、白いカモメ新幹線でいいのではと思われます。フル規格で走る新幹線のルートに遅いフリゲージトレインを走らせてくれるのかも疑問ですし、第一遅いフリゲージトレインで九州から本州へ乗るでしょうか、いま長崎ルートの関係者がするのは新鳥栖駅で長崎からきた白いカモメ新幹線の乗客がホームで対面乗換が出来るようにすることではないでしょうか。東日本の大震災はフリゲージの研究も、諫早―長崎間の新線建設も吹っ飛ばしたでしょう。鹿児島新幹線は鹿児島から熊本に向かって建設にかかり、長崎新幹線は終着、始発の長崎は置いてきぼりで諫早から武雄間で工事が始まったことがなぜかを考えるとべきで、当時の政治力の違いをあらためて認識すべきです。
長崎新幹線は、新鳥栖から肥前山口まで在来線、肥前山口から武雄まで複線化しても在来
線、武雄から諫早までは新幹線鉄道が敷かれても在来線ルート、諫早―長崎間は在来線。
国難の日本が復興するまでいまは我慢してフリゲージも返上して、フル規格の新幹線で長崎線も走るまで白いカモメでいいのではと政財界が、これまでの要望を少し訂正するだけの勇気ある行動をいまこそ期待します。
そうすることが、未来にフル規格の長崎新幹線になるのではないでしょうか。何千億を投資してフリゲージを走らせると長崎ルートは、未来永劫にわたって在来線新幹線になり、その責任は誰がとるのかと思います。