西九州新幹線 在来線について
新しい年を迎えますと、この二月は金子県政三期目のスタートの為の知事選挙です。知事の実績と努力は認めてもらえるでしょうが、県政を又違った角度から見る必要も感じます。
私は、新幹線は必要であるとの考えは今も少しも変わりません。
佐賀市が新幹線が出来ても今より5分しか短縮出来ないとしても、協力を佐賀県知事は約束していますが、それは、佐賀県の負担分の一部を長崎県が持つという知事の英断があったことが理解されたと思われますし、それが政治家の姿勢だと思って、高く評価しています。しかし、長崎本線の諫早〜肥前山口間の在来線がJRから切り離されて運営されることに将来の不安をいだいた鹿島市長が、今なお同意を与えないので、去年、今年と10億円の予算がついても実行できないままになっております。鹿島市長はかつて、鹿島青年会議所の理事長としてガタリンピックを市の活性化の為に取り組み実現させた方です。それだけに、郷土の発展には誰よりも行動して真摯に政治家道に取り組んでいる方だと私は見ております。肥前山口から鹿島までは、強力な反対の為でしょうか、JR九州は直営でやることに変更しました。それでもなお反対しているのは、これまでの在来線長崎本線は長崎市までですが、諫早〜長崎市間はフリーゲージでの新幹線の利用線になるから諫早まで在来線がJR九州が直営でやらないと後々トカゲのシッポ切りに肥前山口〜諫早間はなると思われるからではないでしょうか。
本県は、唯々鹿島市長さんお願いしますの姿勢でしょうが、発想を変えてみてはどうでしょう。
JR九州社長は本年度10億円ついたことについて、歓迎の意を表しましたが、長崎新聞の記者会見の内容を読むと、地元の同意が得られず、着工出来ない状況だが、それが原因で計画全体が駄目にならなかったことはよかったと思うとし、佐賀県の一日も早い地元同意の獲得に期待を寄せた。
また着工同意問題の打開策として、昨年示した譲歩案については、提示した譲歩案は異例であり、これ以上は今のところ考えていない」と述べております。
譲歩案とは、肥前山口〜諫早間の在来線の内、鹿島市長の地元の鹿島市までは、JR九州で運行するということなんです。
そこで、JR九州の社長に尋ねたいのだけれど、JR九州の将来の展望の中に、西九州新幹線は、長崎県をはじめ政府があるいは、政党が建設してくれというから、それに、JR九州として同意するのであって、JR九州の戦略の中に西九州新幹線の建設は全く考えていないのか。
民間企業として高速道路の発展の中で、モーターカーの時代到来に是非、西九州新幹線が必要なのだとは、全くJR九州は考えていないのか、長崎人が、人が良くて反対を誰もしないから横着を決め込んで、長崎県側の在来線は切り捨てたのかどうか、ちょっと尋ねてみたい。
また、長崎県の担当者の方に、鉄道交通のプロのJR九州が見捨てた在来線をどうして継続させようとしているのか第三セクターなのか。県は、全く関係なく誰かに在来線の運行はやってもらうのか。
在来線を維持するためにどのような施策を、そして財政の裏付けを考えているのか。
私は、県民の税金を出しての在来線を維持することを考えているのであれば、JR九州に運行をお願いして、在来線に対する補助をすることの方が、今反対している鹿島市の方々を説得することが出来るのではと思います。
いずれにしても、西九州新幹線が来さえすれば在来線は後でとの考え方が果たして反対住民に理解が得られるのかどうか、JR九州の社長は記者会見の中で譲歩は、今のところは考えていないとありますが、場合によっては、次なる譲歩案もあり得るととってもおかしくないのでは。
本県の在来線に関係のあるみなさんの声が、全く見えないのが不思議です。新しい年、今年は戌年です。キャンとかワンぐらいの声は出してもいいのではと思いながら、新年を迎えました。
みなさまの御健勝をお祈り致します。
子どもの事件
最近のテレビ・新聞で子どもを取り巻く事件があまりにも多くあり、このことで国民一人一人が過去にはなかっただけに、何処に原因があり、このままで誰もいゝとは思っていないのに、具体的にその解決策を模索している状態で、本当にこれでいいのかと不安です。
今朝のテレビで、夕張市民の悲鳴と不安が番組で取り上げられていましたが、360億円のツケで全国で最低の生活、暮らしをしなければならないとのことで、市長と市民との対話集会が報道されていました。まさに、市民の悲痛な叫びでした。そこで市長はなすすべがなく、市民が会の途中で退場しておりましたが、それを聞いていた評論家の方は、日本も800兆円の借金があるから夕張市を助けるというと同じような都市があるだろうし、国自身が借金で困っているから、それも出来ないだろうと言うだけで、夕張市をどうしたら助けることが出来るか、結局市独自で考えなさいということで終わっていましたが、夕張市の子どもたちのことを考えると胸が痛くなります。これは大人の責任がそのまま子どもにもろにかぶってくるのですからこのような環境をつくった責任はどうするのか。そのことをはっきりさせない限りは子どもの事件は多くなるのではないでしょうか。さきに石原都知事の予告自殺に対する意見が、歪曲されて報道されており、本音で語ると批判され、とどのつまりは、みんなが優しく、みんなが責任なく、みんなで渡ればこわくない図式だけが続いているようです。
長崎の小島中学校の少年の自殺も、狭い雑巾やホウキの入っている便所の側の1m四方の所に入れられて、それが原因でなくても、教師による指導でなく、いじめと考えられてもしかたがないのではと思われる状況下の後、四階の廊下の階段の踊り場のようなところから自ら落ちていったのですから、自殺には間違いないのに、今なお、市教委は転落死といっているようですが、その原因が教師側にあっては困るから、自殺ではないと言いたいのでしょうが、原因は別にしても自殺は自殺と認め、その原因を両親を含む関係者で話し合うことが大切で、PTAとしてもこれまで一緒になって考えてあげていたとは思いますが、これからも、子ども・生徒の死であるだけに時間をかけても風化させることなく取組む問題だと思いますが如何でしょうか。
また、今長崎市での校長先生による給食費の横領事件も何かすっきりしないままになっていますが、当時のPTAの会長さん達が校長先生を市教委に訴えて事件が発覚し、市教委はその校長を処分して欲しいと、調査の結果、任命権者である県教委に内申したのに、結局は2000万以上の退職金をそのまま支払い、新聞で知る限りにおいては、県教委は何の処分もなく退職させており、これでいくと校長先生の管理職は何のお咎めもなく処理され、その後の市教委の職員が、スポーツ教室の参加者の受講料などを使い込んで懲戒免職になったのと比べると、校長の給食費の横領は、教頭の時からも含めて何回も行われたことが、本人の供述書からもはっきりしているのに、これが処分されないで依願退職扱いとして退職金がそのまま支払われて、この事件を不問にしたのは県教委のここの所続く長崎県内の子どもの事件で、教育界が信用を著しく落としている時に、その回復もされないまま、校長の刑事事件が起きたのでは、いよいよ指導監督の責任を問われるのを避けたとしか考えられない扱いに強い憤りを感じます。
このような県教委の姿勢では、子どもの事件は増えても減らないだろうし、指導者である方々の自己責任の取り方を今一度しっかり考える必要があるのではないでしょうか。PTAの皆さんが、一般教職員が、子どもの教育に真剣に取組んでいるのに、県教委の姿勢、責任の取り方がこのまま済むわけがないと思われます。
教育県長崎は、久保県政時代から叫ばれており、本当に今の現状が残念でなりません。皆様のご意見をお聞かせいただければ幸いです。