新しい年、2004年の新春をご家族様お揃いでお元気にお幸せに、お迎えになられたことでしょう。心よりお慶び申し上げます。私にとりまして昨年は、人生の全てを失った反省の一年であったと、深く自戒し結果を重く受け止めて過ごしてまいりました。男子一生の仕事として政治の道を選び、後援会をはじめ大勢の皆様からご支援をいただき、市議一期、県議六期という議席をお与えいただきながら、充分にご厚志に報いることもできないままに、辞任いたす仕儀となりましたことは、誠に慙愧に耐えないところであります。
 後援会の皆様から、後継者として私に代わって擁立していただいた「娘・ますみ」も、三十六年間歩んできた人生が、全く異なった政治家への転進で、右往左往する一年であったと思います。政治家の家に生まれ、しかも「私・浅田五郎」の娘であっただけに!父として娘の人生までも変えてしまったことに対して、すまなかったという情の想いがいたしております。その反面で逆境を乗り越えての立候補でありましたから、結果は結果として、これから大きく成長してくれる糧になったものと確信いたしております。
 昨年は私ども父娘にとりまして波乱の一年でありました。その中で多くの方々から励ましのお言葉やご支援をいただき、本当に人様の温かさ、優しさに接することができました。娘にとりましては人生で初めての大きな挫折であったでしょうが、皆様のお力添えをいただきながら、今一度県政にトライする強い意思と明日への目標を得て、毎日を東奔西走いたしております。どうか私に賜りましたご厚志を、同様に娘にも賜りますよう、そして若い女性が政治の世界へ羽ばたけますように、ご叱正、ご指導を賜りますよう伏してお願い申し上げます。
 私もバッチを外した身ではありますが、永年培った政治の経験は、教育問題に!福祉の問題に!そしてスポーツ・文化と、これまでの専門分野で皆様のお役に立ちたいと思っております。過去のことは不徳のいたすところ。反省することは幾重にも反省しながらも、新しい年には新しい夢と新しい目標に向かって、清新努力して生きていきたいと念じております。
 皆様方には新しい年が一層すばらしい一年でありますよう、心より祈念いたしまして、新年のご挨拶といたします。
平成16年元旦
3月5日は啓蟄(けいちつ)です。春の到来。すっかり暖かくなり、新芽が目につき、自然が新しく動き出す季節になりました。
 春は人生のスタートに立つ子ども達の季節といってもいいようです。卒業式の後に可愛い子ども達の希望に輝く瞳での入学式をみると、私はいつも青春時代を思い出し、又、元気を取りもどすことが出来ます。しかし、この子ども達をとりまく環境は、本(もと)を舎(す)てて、末を治(おさ)めているようで不安でなりません。
 教育制度の改革−学校五日制一つをとってみても、もう子ども達にゆとりをといっている人は、今ではいないのではないでしょうか。完全実施と同時に破綻した学校五日制。子ども達はこれまで以上の競争の中におしこまれ、学校での補習、学校外での塾や家庭教師につく等多忙で、放課後の部活を考えるとそれこそ超多忙の子ども達がうきぼりになります。
 又、最近ではおかしなことにPTA以外にCが加わってPTCAというようになるそうですが、子ども達の両親はC−コミュニティの一員で、自治会・子ども会の一員であれば、あらためてCなどいまさらとPTAや育成協のOBとしては強く感じます。但し、子ども達の親たちがCとのかかわりを、子どもを通して自治会(地域)とのふれあいがないとすれば、あらためて地域の役割などといわれることはありましょう。いずれにしても、本(もと)を忘れた抹消的な改革は、かえって教育環境を混乱させるのではと心配でなりません。
 たとえば学校運営について地域の声を聞く為に評議員制度が出来つつありますが、これ等は、校長先生や諸先生にとっては、はなはだ迷惑なことではと思えてなりません。学校運営は校長の責任で諸先生にやらせるべきで、いろいろな方のご意見を聞くことの方が、学校運営がスムーズにいきにくいのではと危惧しております。
 いずれにしても、21世紀グローバル化していく社会の中で子ども達が未来の日本を背負っていくとすれば国際貢献や交流がどんなものでなくてはならないかなども、しっかり教えていかなければならないのではないでしょうか。子ども達の幸せの為に、本音で語るところにきているようです。
 私は、今「長崎の地方自治を考える会」を立ち上げて、納税者の為に地方自治が如何にあるべきか、又如何に関わりがあるのか等を、この機会に地方分権の到来した時代に、しっかり勉強していきたいと思っております。
平成16年3月
暑中お見舞い申し上げます。
毎日暑い日が続きますが、いかがお過ごしですか。
今年は例年より10日以上も早く梅雨が明け、その上に降水量も少なかったようですから、かつての「長崎砂漠」を経験した年代には、これからの猛暑に向かって、水は大丈夫なのかな?と不安に思うところです。
 ところが一方で、山形・新潟・福井とあまり水害の被害を聞かない東北〜北陸地方で、大きな水害をこうむった様子がテレビで放映され、57災(7.23長崎大水害)の痛ましい記録がまざまざと蘇っております。
改めて被災者の方々にお見舞いを申し上げ、悲しくも犠牲になられた方々には、心よりお悔やみを申し上げます。
 昔から“災害は忘れた頃にやってくる”と言われておりますが、他面では“水を治める者は国を治める”と言われますように、政治家たる者、常に民意を尊重し、市民・県民・国民が望む“安心して暮らせる世の中創り”に、取組まなければならないと考えさせられます。特に今回の参議院選挙では、自由民主党に対して、“驕るなかれ”と言う、国民の熱いお灸があったと感じられてなりません。
 私自身は年若き頃から自民党に育てていただき、政治に携わって半世紀近くを自民党員として活動の場を与えられてきましたが、この度の参議院選挙は“負けるべくして負けた”との思いを強くもっております。年金問題、イラク派遣問題、度重なるサプライズ(驚くべき出来事)の数々は、政治家の「説明責任」を自ら放棄したものと思わざるを得ません。改めてリーダー(政治家)たる者の「説明責任」を痛感いたし(自戒を込めて)、自民党にお灸をすえた方々と共に、初心に立ち戻って活動していかなければ、自民党の崩壊に繋がるのではないかと、危惧の念を抱いております。
 今、私は、“貝になった心境”と自らに言い聞かせ、静かに政治を見つめておりますが、選挙の時だけ中央や地方の政治家が声をからして号令しても、有権者の共感は得られるものではありません。市民・県民の声を真摯に聞き、国民を愚弄することなく、高潔な品性を備えた発言と行動こそ、有権者が政治求めているものではないでしょうか。
最近私は多くの方々から「何故業界代表の方が政界に出るのか?何かいいことがあるのですか?」とか、「政・官癒着の構造や建設業界とのもたれ合いは?」とか、「もうそろそろ発言してもいいのでは?」等々の声をかけられております。
永年政界に身を置いた者として、そうした声にたいして「説明責任」の一端として資料等を開示し、それぞれの方々がそれぞれのお立場でご判断いただくことも、大事なことであろうかと思っております。
折をみて古い資料を再読しながら私なりの意見も添えて、当ホームページ上に記してみたいと考えております。その際にはご一読の上でご意見を賜りますれば幸甚でございます。
 猛暑にまけないように娘と一緒に東奔西走し、お役に立てる日に備えて頑張っております。
8月は旧暦のお盆です。この一年の間にも、私共家族を長年にわたって御支援いただき、又、娘ますみをもお支えていただいた方々の中に、初盆をお迎えの方がおられます。ご身内の皆様のお寂しさがいかばかりかとお察し申し上げます。
皆様、どうか暑さの中、御身体を大切にお過ごしになりますようお祈り申し上げます。
平成16年盛夏
長崎宮日に想う
秋、街にシャギリの音が響く長崎。
お宮日っ子と自から思う環境で育ち、出生地(興善町)はもちろん、事務所(江戸町)も踊り町に置き、住んでいるところ(愛宕)が、神興守の町と、毎年、年番町に踊り町に神輿守と忙しい自分に長崎っ子という意識が強く感じるのは、ここらに理由があるのかと思っております。
この長崎も、人口は減少しておりますが、来春からは六町が合併して、45万の都市にもどるのですが、街そのものに活力があり、夢がもてて、若者も大学を終えると故郷に帰ることが出来るのであれば「元気な長崎」といえるのですが、いつまでも原爆が中心の観光も、行政の有様も如何なものかと感じるのは私だけでしょうか。
お宮日が終わると、秋が深まってきます。そこで又モッテコイお宮日があるのは、何故なのかと、お宮日の三日間(昨年度27万人)で観光客が少なかったから、次の土日(今年は16・17日、昨年度9千人)にやって、観光客をと思うのは理解出来ないことはないのですが、本当にこれでいいのでしょうか。
6月1日の小屋入りから、10月1日の神輿守のお祓い、10月3日の庭見せ、10月4日の人数揃い、そして、7・8・9日の本番、街中がそこに集中して長丁場の練習をしてきたのに、一度感動の涙を流した若者に、それを応援して支えてきた町中の人たちに、モッテコイは本番だけにしないと、あまりにも観光の街長崎を救う為にしても、淋しい気がします。
仙台の七夕祭り(8月6・7日の2日間で241万人)、青森のねぶた(8月2〜7日の一週間で330万人)、京都の祇園祭(7月14日〜17日の4日間で120万人)、徳島阿波踊り(8月12〜15日4日間で136万人)、博多のどんたく(5月3・4日の2日間で180万人)、それこそ全国のお祭りが、二番煎じのモッテコイをしないのは何故かを、考えるべきでしょう。本番3日間にどうしたら、観光客がやってくるかをみんなで考えないと、若者の感動の涙は、本番一回にして欲しいと思いますが、如何ですか。
プログラム(総合案内・パンフレット)一つ考えても、3日間の日程、出し物の場所等、お宮日に参加した神輿守の青年達、踊り町に参加する人、年番町の人、それぞれの町の世話人達、全員の写真や、お宮日の出し物の説明、歴史も含めて写真をたくさん使って、日本三大祭りならばそのくらいのプログラム(総合案内・パンフレット)を用意して観光客を迎えてもらいたいものです。
この秋、私は今年も家族と一緒に、長崎っ子としてお宮日に参加することにしています。
みなさんと共に、長崎の秋を満喫したいものです。今年の夏はとても暑かったので、ご自愛の上お過ごし下さい。
平成16年秋
寒中御見舞い申し上げます。
この一年、何かとお世話様になりました。心より厚くお礼を申し上げます。
今、大きな国内問題として取り上げられている、むしろこれは外国からの内政干渉により問題になっております靖国神社について、今回は考えてみたいと思います。
私の永年の支持者の方に、北浦さんという女性の方がおられます。
いつも「生命の光」の小冊子を送っていただいておりますが、11月号に「靖国神社を護ったキリスト者」としての斉藤嗣男様の随想を読むことが出来ました。
全文をご紹介したいのですが、少し長文ですので大切なところをご紹介させていただきます。
斉藤様のお父様はキリストの信徒であり、神道や仏教徒、クリスチャンと一緒に靖国に合祀されています。
その為に一年の内に何度か靖国神社に参拝し、心安らかになると述べておられます。
随想の内容は、昭和二十年の秋に靖国神社の存在が危うくなった。それは、連合軍総司令部(GHQ)が、宗教政策の一つとして靖国神社を焼き払うことを真剣に考えており、マッカーサーは、その是非について、当時は上智学院(今上智大学)の院長で駐日ローマ教皇代表となったブルーノ・ビッテル神父に「覚書」を送り、キリスト教会としての意見を求めたのです。
マッカーサーの覚書に対してビッテル神父が、数人の神父と意見交換し回答した結果は、「自然の法に基づいて考えてみると、いかなる国家もその国家のために死んだ人々に対して、敬意を払う権利と義務があるといえる。それは、戦勝国か敗戦国かを問わず平等の真理でなければならない。無名戦士の墓を想起すれば自然に理解できるはずである。もし、靖国神社を焼き払ったとすれば、その行為は米軍の歴史にとって不名誉きわまる汚点となって残ることであろう。歴史は、そのような行為を理解しないに違いない。はっきり言って、靖国神社の焼却・廃止は、米軍の占領政策と相容れない犯罪行為である。靖国神社は国家神道の中枢で、誤った国家主義の根元であるというなら、排すべきは国家神道という制度であり、靖国神社ではない。我々は、信仰の自由が完全に認められ、神道、キリスト教、ユダヤ教などいかなる宗教を信仰するものであろうと、国家のために死んだものは、すべて靖国神社にその霊を祀られるようにすることを進言するものである。」(マッカーサーの涙)より
この意見により靖国神社は護られた。多くの国民がその国特有の信仰で戦死者を慰霊する施設を戦勝国のゆえに他国が廃するならば、その国民の心をいたく蔑ろにする。そのことを宗教者ビッテル神父は理解していた。
さらに斎藤様は、ここ十数年総理大臣が靖国神社を参拝することに対し、中国や韓国はことごとく干渉するようになってきた。そのため、靖国神社に代わる無宗教の国立戦没者追悼施設を建てることが検討されるようになったが、宗教抜きの慰霊には意味があるのだろうか。英霊のかたちが心安らかに眠ることができ、また、天皇陛下がご親拝になられる日が、一日も早く訪れるように祈ってやまないと結んでおります。
これまで、私自身、私の長兄、妻の父親も戦死しておりましたので、靖国神社に又護国神社に参拝することは当然のことでした。
この十一月に入って、胡錦涛国家主席、温家宝首相と中華人民共和国の指導者と小泉首相は会談いたしましたが、そのたびに靖国神社の参拝中止を強く求め、中国側は靖国問題については、かたくなな姿勢を示しております。
私も二年前に中国訪問団の団長として、中国を訪問した際に中国外交部で日中友好協会の副会長さん等と会談し、靖国問題について話し合った時も、日本人の死生観をご理解いただかないと、この問題を解決することはむつかしいのではないでしょうか。過去のお互いの行動を許しあうことを前提に、日中平和条約は結ばれたのではないでしょうか。などと、話し合ったのを思い出しております。
この靖国参拝の問題は、実は日本の戦後一番国家としての大切な主権の問題に他ならないのであります。
それだけに、体制の全く違う一党独裁の共産国家との交流も、隣国ですので、お互いが理解出来るまでの努力を続ける必要がありましょう。
しかし、先の領海侵犯された時の日本政府の姿勢ではかえって、中国側の方から、一体日本はどんな国なのかと馬鹿にされるのではないでしょうか。
平和な日本国の領土から、国民が北朝鮮に拉致された。まさに、国家主権の侵害に対して、何等手を打てなかった日本国、および政治家・政党。一体国家とは、と今、国民のお一人お一人は真剣に考えているのではと思っております。
しかし、これまで小泉首相の前の総理の中でも靖国神社参拝を当然のこととして実行しておった首相もおり、それに対して中国側も何等批判をしてなかった。
それが、最近の中国の指導者の中に、日本の内政に対して、自国の国民の政治批判の目を耳をそらす為に、靖国神社参拝を持ち出しているという方もおります。
いずれにしても、小泉首相の不戦の誓いと、慰霊の為に参拝することはすばらしいことであります。しかし小泉首相も、八月十五日の参拝は、実行することをためらったことを思うと、いつの日か、堂々と八月十五日に参拝できる総理が誕生するまでは、戦後は終わっていないし、主権国家日本の真の確立はないのではと思っております。
とにかく仲良くすることはいいことですが、主権に対する認識は個人の人権に対する問題はようやく、メディアも国民も関心を持って来ましたが、国に対する主権の侵害は、戦後教育の中で国や公に対する教育がされてなかったことに、一つの原因があることを想うと、遅きにしても靖国問題は内政の重要問題として総理大臣の靖国神社参拝は、国民が支えて継続させ、戦後六十年をふまえて、次は
天皇陛下の靖国参拝を実現できることを新しい年の正夢にしたいものだと思います。
師走を迎え、ご多忙の毎日だと思います。
私も、娘ますみと一緒に江戸町の事務所で次回を目指して共に勉強をしながら、東奔西走中です。
「ますみ」も、政治家を志すものとしての、心構えをしっかり身につけ、ご期待にお応え出来るようにと頑張っております。
今後ともご教示賜わりますようお願い申し上げ、みなさまの新しい年でのご活躍とご多幸をお祈りして、年末のご挨拶と致します。
平成16年冬